白癬菌が如何なる感染経路をへて人体に寄生し,その結果白癬を引き起すか,という問題は,現在なお未解決な点が多い.尤も従来まで,たとえば,Microsporum canisによる白癬は,犬や猫の白癬病巣に人が直接接触することによつて感染すると考えられ,また汗疱状白癬はシャワー,浴場,あるいは靴や靴下などを介し間接的に感染すると信じられている.しかるに近年になつて,医真菌学者のなかで,人間に対するある種病原性真菌の棲息地を土壌に求めようとする傾向が強くなつている.それはすなわち,これら病原性真菌を間接にあるいは直接に土壌から分離発見することができたためである.病原性真菌のうち,最も問題となる皮膚糸状菌に関しては,すでに1893年にSabouraudが皮膚糸状菌のあるものは土壌に棲息する土壌腐生菌であると推測しているように,早くからその棲息地としての土壌に注目が払われていた.しかし,土壌には数多くの細菌を初めとし,非病原性真菌類もまた共存棲息しているため,皮膚糸状菌のみを分離検出することは不可能に近かつた.しかるに,皮膚糸状菌の好角質性という特殊な性質を利用して,Vanbreuseghem(1952)が,白癬菌の発育している土壌の表面に角質物として毛髪を置き,この毛髪に白癬菌のみを発育させる,いわば白癬菌を釣り上げるという方法に成功して以来,この方法が広く採用されるようになつた.かくて世界各地においてVanbreuseghemの方法が追試され,その結果,Keratinomyces ajelloi,Trichophyton terrestre,Microsporum cookeiなどの新種が相次いで発見された.これとともに,一般白癬の起因菌として知られているMicrosporum gypseumやTrichophyton mentagrophytesなどもまた土壌から分離されるに至つた.今回,著者は以上の考えにもとづき,白癬菌の棲息地としての土壌の意義をより追求しようとする目的のもとに,著者の在住する仙台地方においては初めてVanbreuseghemの方法を用いて土壌からの好角質性真菌の分離を試みた.その結果,前述の諸氏らの如く白癬菌を確実に土壌から分離することができ,加うるにその菌の完全形を証明しえ,それによつて本邦産の白癬菌について分類学上の新知見をうることができた.これらの結果につき以下に述べる.
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