皮膚表面を被ういわゆる皮表脂質に関する研究は,古くから行なわれてきている.それは単に正常並びに病態時における皮表脂質の量的,質的変化を追及するに止まらずに,皮表脂質の量的質的変化を通して皮脂腺の機能を生化学的に把握するのみならず,広くその生物学的意義を明らかにし,角化機転などの皮膚の機能的底面々,皮膚病変発生の局所的病因的な面に演じている皮表脂質の役割を少しでも解明しようとする方向に進展してきている.近年皮膚科学の進歩と相まつて脂漏性皮膚疾患,アトピー皮膚炎その他の皮膚疾患における皮脂腺の役割が問題となり,形態学的方法と同時に生化学的方法による皮脂腺機能の解明が望まれるに至つている.皮脂腺並びに皮脂腺由来の脂質が単離されない現在,皮表脂質を通してその機能を推測する以外にない.しかし皮表脂質の生化学的研究に供される材料を大量に得ることが困難であること,微量分折を行なうに適した分折手段方法がなかつたことのために,充分詳細に検討することはできなかつた.とくに生理的にも生化学的にも重要な位置を占める脂肪酸の構成についての研究は至難の業であつた.しかるに1952年James & Martinによりガスクロマトグラフィによる脂肪酸の測定が発表され,この方法が医学方面に応用されて,1956年にJames & Wheatleyが本法による皮表脂質構成脂肪酸の研究を発表して以来,皮膚科方面でも基礎的並びに臨床的方面での本法による脂質研究が急速に進展した.その後ガスクロマトグラフィの応用分野の拡大に伴ない単に皮表脂質並びに皮膚の脂質構成脂肪酸に止まらず,スクアレン,蝋アルコール,各種ステロールなど不鹸化物の研究にも応用分野が拡大してきた.このように皮膚科領域においてガスクロマトグラフィによる脂質の研究は進展しつつあるとはいえ,なお未開の分野が多く残されている.私は今回,正常人およびいわゆる脂漏性疾患患者の皮表脂質並びに2,3皮膚疾患の鱗屑および痂皮内脂質の構成脂肪酸についてガスクロマトグラフィによる検討を行ない,2,3興味ある知見を得たので報告するとともに,文献的考察も加え,独自の見解についても述べることにする.
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